靴が、お金を生まなくなってから
StepNを4年間続けた、N=1の記録(2022–2026)。 歩いて得たGSTの価値は、1枚5.4ドル(約870円)から0.0016ドル(0.3円未満)へ、約3,300分の1に。 価格は暴落したのに、歩く量は減らなかった。 稼げなくなった後に残ったものを、実データで辿る。
2022年4月21日。 これが、私のStepNが始まった日だ。 記憶では「2020年くらいから」だと思い込んでいたのに、ウォレットの記録を辿ったら、開始日が一日単位で残っていた。 人の記憶はあてにならない。 けれど、チェーンの上に刻まれた数字は嘘をつかない。
当時、1 GSTはおよそ5.4ドル——日本円にして、870円ほどだった。 歩けば、靴がお金を生んだ。 あの春、世界中の人が同じことを信じて、同じように外へ出ていた。 私もその一人だった。 正直に言えば、最初に外へ出た理由は、健康でも習慣でもなかった。 稼げるからだ。
歩いた量が、そのままチェーンに刻まれる
StepNは、歩いた距離に応じて報酬トークン(GST)が得られる「歩いて稼ぐ」アプリ。 獲得や売却の記録は、Solanaのブロックチェーン上に取引として残る。 だからこの記事の数字は、アンケートでも記憶でもなく、ウォレットに刻まれた実データだ。 ドル建ての価値も、各取引が成立した時点のレートで記録されている。
01 / 夢の寿命数ヶ月で、夢のほうが先に終わった
下のグラフは、私が4年間で歩いて得たGSTの量(灰色の棒)と、その1枚あたりの価格(青い線)を重ねたものだ。
月別のGST獲得量(灰色の棒)と、1枚あたりの価格(青い線)を重ねたもの。 2022–2026。
青い線を見てほしい。 これが、私の見た夢の寿命だ。
2022年4月に5.42ドル(約870円)だった1 GSTは、6月にはもう0.36ドル(約58円)になっていた。 8月には0.05ドル(約8円)。 たった4ヶ月で、10分の1のさらに10分の1まで落ちた。 崖というより、底が抜けた、という感覚に近い。 あれだけの熱狂が、こんな速さで蒸発するのかと、画面を見ながら思った記憶がある。
そして、いまはどうか。 2026年5月の1 GSTは、0.0016ドル。 円に直すと、0.3円にも満たない。 始まりの日の、約3,300分の1だ。
4年間で歩いて得たGSTは、累計で約29,944枚。 その実際の価値を、現金化した時点のレートで合計すると、2,958ドルだった。 いまのレートで約48万円。 4年で48万円。 月にならせば、缶コーヒー数本ぶんの「報酬」のために、私は外を歩いていたことになる。
02 / 幻の16万ドル取りこぼした16万ドル(2,600万円)、という幻
ここで、ひとつの誘惑がある。
もし、この29,944枚すべてを、いちばん高かったあの2022年4月の5.42ドルで売れていたら——計算上は、16万ドルを超える。 日本円にして、2,600万円。 実際に手にした2,958ドル(約48万円)との差は、15万9千ドル。 円なら、2,560万円。
数字を見た瞬間、胸の奥が少しざわつく。 あのとき全部売っていれば。 あのピークで現金化していれば。
けれど、これは幻だ。 4年かけて少しずつ歩いて得たものを、最初の一瞬にまとめて持っていることは、原理的にできない。 「ピークで全部売れていたら」は、過去を都合よく折りたたんだだけの、ありえない仮定でしかない。
それでも人は、この幻のほうを記憶してしまう。 手にした48万円ではなく、逃した2,560万円のほうを。
理想で、自分を殴り続けるというのは、
たぶんこういうことだ。
03 / 価格と、歩く量価格は墜ちた。でも、歩く量は減らなかった
もう一度グラフを見てほしい。 今度は灰色の棒のほうだ。
青い線が地を這うように沈んでいくのに、灰色の棒は、消えない。 それどころか、後年のほうが背が高い。 いちばん多く歩いて稼いだ月は、2025年9月。 約3,973枚。 価格が始まりの3,000分の1になった、その年のことだ。
ここに、自分でも説明のつかない事実がある。
もし私が「稼ぐために歩いていた人間」だったなら、価格が10分の1になった2022年の夏に、とっくにやめていたはずだ。 割に合わない。 歩く理由が消える。 実際、あの夏に多くの人がStepNを去った。
でも私は、やめなかった。 価格が4,000分の1になっても、缶コーヒー数本のために、まだ靴紐を結んでいた。
理由は、たぶん単純だ。 途中のどこかで、歩くことが、お金と関係なくなっていた。 報酬が動機だったはずなのに、報酬が消えたあとも、行動だけが残った。 グラフの上で、青い線と灰色の棒が完全に切り離されていく——その一点が、この4年間で私に起きたことの、いちばん正確な記録だと思う。
04 / 残ったもの稼げなくなってから、ようやく歩きはじめた
だから、これは「歩いて稼ぐ」話ではない。
「稼げなくなったあとに、何が残ったか」の話だ。
靴がお金を生まなくなった日から、私の散歩は、ようやく私自身のものになった。 誰かが設計した報酬のためでも、暴落していくグラフのためでもなく、ただ外が気持ちいいから、ただ歩くと頭が静かになるから、という理由で。
2,958ドル——約48万円。 4年間の「報酬」としては、笑ってしまうくらい少ない。 でも、その数字の隣に立っている灰色の棒の群れ——価格が底を抜けたあとも一本も欠けずに立ち続けたあの記録は、お金には換算できない。
急がなくていい。 これは、私の道だ。
急ぎすぎるな。自分のペースで。NO RUSH. YOUR JOURNEY.


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